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東京地方裁判所 昭和51年(行ウ)50号 判決 1980年10月08日

原告 日産自動車株式会社

被告 東京都地方労働委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  参加人らを申立人、原告を被申立人とする都労委昭和四六年(不)第五六号事件について、被告が昭和五一年二月三日付でした命令を取消す。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  被告及び参加人ら

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件命令

参加人らは、被告に対し、原告を被申立人として不当労働行為救済の申立をしたところ、被告は、昭和五一年二月三日付で、「被申立人日産自動車株式会社は、申立人日本労働組合総評議会全国金属労働組合東京地方本部プリンス自動車工業支部に対して組合事務所および掲示板を貸与しなければならない。この貸与に当つて、被申立人会社は、その前提として永井博ら6名の職場復帰ないし事実上の専従問題の事前解決を固執してはならず、また、被申立人会社は、この貸与の具体的条件について申立人支部との間で合理的な取決めをしなければならない。」との命令(以下「本件命令」という。)を発し、右命令書の写は同年二月二〇日に原告に交付された。

2  しかし、本件命令は違法であるから、その取消を求める。

二  請求原因に対する被告及び参加人らの認否

請求原因第1項の事実は認める。

三  本件命令の適法性についての被告及び参加人らの主張

(被告)

被告の認定した事実は、別紙命令書(以下「命令書」という。)理由「第一 認定した事実」欄(以下「命令書事実欄」という。)記載のとおりであり、また、被告のした法律上の判断は、命令書理由「第二 判断」欄(以下「命令書判断欄」という。)記載のとおりである。被告のしたこれらの事実認定及び法律上の判断には何らの瑕疵もないから、本件命令は適法である。

(参加人ら)

命令書事実欄のうち、2(会社とプリンス自工との合併の前後における労使関係)(6)の「そしてこれに対して会社職制を含む日産労組員や部門労組員は激しく抗議してきたが特に、昭和四二年一~二月頃には、支部組合員と日産労組員や部門労組員との間に教宣のビラの配布等をめぐつて粉争が絶えず、支部組合員の負傷する事件が頻発した。」との部分並びに、命令書判断欄2(判断)のうち(1)の「永井ら六名の事実上の専従が継続していることは労使間で一つのしこりを残すものであるから、会社が組合事務所の貸与などを決する前に、この問題を解決する必要があると考えたことは無理からぬところである。」との部分及び(2)の「穏当を欠く点があつたといわざるを得ない。」との部分を除き、被告の主張を援用する。

四  被告及び参加人らの主張に対する原告の認否

1  命令書事実欄記載の事実について

(一) 1(当事者等)の事実は認める。ただし、命令書の趣旨が昭和四一年四月二日までに存在した日本労働組合総評議会全国金属労働組合東京地方本部プリンス自動車工業支部と参加人日本労働組合総評議会全国金属労働組合東京地方本部プリンス自動車工業支部(以下「参加人支部」という。)とが同一であるというのであれば、この点については、争う。

(二) 2(会社とプリンス自工との合併の前後における労使関係)(1)の事実は否認する。2(2)の事実中、「昭和四〇年五月三一日、会社とプリンス自工との合併が発表された」ことは認め、その余の事実は否認する。2(3)及び2(4)の事実は、否認する。2(5)の事実は認める。2(6)の事実中、「支部組合員の負傷する事件が頻発した」との点は否認し、その余の事実は認める。

(三) 3(日産労組への組合事務所等の貸与)の事実は、認める。

(四) 4(支部への組合事務所等の貸与の拒否)の事実は、認める。ただし、原告会社は、後述するように(「五 原告の反論」欄記載)、組合事務所等の貸与を頭から拒否したのではなく、むしろ積極的に貸与する態度をとつていたものである。

2  命令書判断欄記載の被告の主張について

被告の判断は、これを争う。

五  原告の反論

本件命令は、次の理由により、事実の認定及び労働組合法七条三号の解釈・適用を誤つた違法な行政処分である。

(被告の認定した事実について)

1 組合事務所・掲示板(以下、総称して「組合事務所等」ということがある。)に関する原告会社(以下単に「会社」という。)の態度は、<1>昭和四一年一二月まで <2>同四二年一月から同四四年三月まで <3>同四四年四月から現在まで の三つの期間に区分され、本件命令を発するにあたつては、右期間を通じて総合して判断されるべきであるところ、被告は、右<1>及び<3>の各期間における会社の態度に対する判断を遺脱している。

右各期間における会社の態度を要約すれば、<1>昭和四一年一二月までは、会社は参加人支部の存在を認めておらず、しかも、参加人支部からは組合事務所、掲示板についての要求自体がなされていなかつた。<2>同四二年一月から同四四年三月までは、会社は、組合事務所等を貸与するにやぶさかではないが、専従者六名問題と訴外全日産自動車労働組合(以下「日産労組」という。)に対する問題(後記3、4記載)の双方を解決する必要があつたところ、この解決がなかつた。<3>同四四年四月からは、会社は、専従問題などに固執することなく、積極的に組合事務所一か所、掲示板二か所を貸与することとしている、というものである。右の経緯によれば、会社は、審問結審時においては、専従問題等を固執してはおらず、組合事務所等の貸与を拒否しているとの事実は存在しないものといわなければならない。

しかるに、被告は、右<1>、<3>の各期間における会社の態度については何ら触れることなく、右<2>の期間における会社の態度のみをとらえて、「会社が、今日に至るまで支部に対する組合事務所等の貸与を拒否し続けている」と認定したものであり、事実認定を誤つている。

右の<1>及び<3>の各期間の会社の態度を詳述すれば、次のとおりである。

(一) 昭和四一年一二月まで(<1>の期間)の会社の態度

右期間においては、そもそも、参加人支部から組合事務所等貸与の要求がなされていない。なるほど、参加人支部のプリンス自動車工業株式会社(以下「プリンス自工」という。)に対する昭和四一年四月一一日付団交申入書には、要求項目(議題)として「組合事務所の不法占有排除について」との記載があるが、当時、プリンス自工がいつたん参加人支部に貸与した組合事務所を取り返したり不法に占有したりした事実はないのであるから、右要求自体前提を欠いたものであり、プリンス自工にとつては右要求は何を意味するのか不可解というほかない(仮に、組合事務所をめぐつて組合内部に粉争が生じていたとしても、会社がそれに介入して占有排除の措置を講ずるといつたことは、なし得ない。)。したがつて、右要求をもつて組合事務所等貸与の要求と解することはできない。参加人支部のプリンス自工に対する同年四月二三日付団交申入書にも組合事務所に関する要求事項の記載はないのであつて、プリンス自工は、昭和四二年三月ころに至るまで、参加人支部から組合事務所等貸与の要求をうけたことはない。

(二) 昭和四四年四月以降(<3>の期間)の会社の態度

右期間においては、会社は、参加人支部に対し、専従問題等に固執することなく、積極的に組合事務所等を貸与することとしている。

会社は、参加人支部に対し、左の条件において、組合事務所・掲示板の貸与を申し出ている。

組合事務所 一か所 (構外)

掲示板   二か所 (一か所は組合事務所近辺、もう一か所は構内の日産労組員とのトラプルを惹起しないような適当な場所)

組合事務所を一か所としたのは、日産労組との比較のうえにおいてである。すなわち、川越実験所においては日産労組員が約八〇名に達するにもかかわらず組合事務所の貸与はなされていない。右の例からすれば、参加人支部は、事実上の専従者も含めて村山工場五九名、萩窪工場二三名、三鷹工場七名、本社一名の合計九〇名である(昭和四八年二月一五日現在)ので、組合事務所を各工場に一か所ずつ貸与するのは日産労組との対比で不均衡であり(労使の慣行からしても行き過ぎであり、かつ不必要である。)、全体で組合事務所一か所を貸与するのが妥当である。

組合事務所の場所を構外とするのは、会社の既定の方針と、日産労組の組合事務所も構外に貸与されているという現実に基づくものである。

掲示板は、参加人支部組合員が七名しかいない三鷹工場には特に設ける必要もなかろうという理由から二か所とするものである。参加人支部が貸与を受けた掲示板に日産労組を誹謗中傷する等挑発的な掲示をすると労組員間の粉争の原因となることから、会社としては、構内に掲示板を貸与することは避けたい。掲示板の一か所は組合事務所の近辺とし、一か所は組合事務所のない工場の構内で、粉争を生ずる可能性の少ない場所を予定している。

会社の貸与方針は右のとおりであるが、貸与の前提となる諸条件の解決についても会社は組合事務所等貸与の絶体不可欠の条件として固定的には考えていない。したがつて、会社には、日産労組と参加人支部を差別して、参加人支部を不利益に扱う意図は全く存在しない。

2 被告は、命令書において、「会社は支部からの組合事務所等の返還またはあらたな貸与の要求に対して、永井らの職場復帰問題の解決が先であると主張しながらも、この問題解決のため積極的に努力したと認められない」と認定しているが(命令書判断欄2(判断)(1)記載)、右は、事実の認定を誤つたものである。

確かに、会社は専従問題を主題とする団交申入れまではしていない。しかし、会社は、組合事務所等の貸与にあたつて、専従問題の解決が先決であるとして、団体交渉の場において、その解決を促している。しかるに、参加人支部は、逃げの一手に終始したのである。専従問題といい、組合事務所等貸与の問題といい、いずれも便宜供与の問題であつて、会社はもともと便宜供与すべき義務を負担しているわけではない。これらの問題について解決が望まれるのなら、供与を求める参加人支部こそ解決に努力すべきである。そもそも、この種の便宜供与の問題は、供与を求める参加人支部において具体的な内容と理由とを開示しなければ、会社としても返事のしようがないのである。

したがつて、会社としては、専従問題について解決を促すよりほかに方法はなく、また、会社の努力としては、これで十分である。専従問題解決のため積極的に努力をしなかつた、と非難されるべきは、参加人支部であつて、会社ではない。

3 被告は、命令書において、「支部と自工労組、ついで日産労組との対立も次第に鎮静化し、支部はその後不当な文言を含むビラ配布等をしていないから、会社が支部の従前のビラ配布等を不当としてその後も一貫して組合事務所等の貸与について否定的態度をとり続けたことは首肯し難い。」と認定しているが(命令書判断欄2(判断)(2)記載)、本件において、これを裏付けるような証拠は何ら存在しないのであつて、明らかに、事実誤認である。したがつて、不当な文言を含むビラ配布等の問題が完全に解決したものとして、これに会社がこだわる理由がないと断ずる本件命令は、事実認定を誤るものというべきである。

4 被告は、命令書において、対日産労組関係についての原告の主張を、「支部がビラ等で会社や日産労組等を誹謗・中傷したため両組合員間に粉争が起つていたことから、支部に便宜供与を行なえば、かえつて両組合員間の粉争を増加ないし激化させるおそれがあつたためであると主張する。」と摘示しているが(命令書判断欄 1(当事者の主張)(2)記載)、対日産労組関係での原告の主張は右に尽きるものではない。原告は、「参加人支部が生産に非協力もしくは反対の態度をとつている状況下にあつて、参加人支部に対しても、日産労組ないしプリンス自動車工業労働組合(以下「自工労組」という。)に対するのと同様の組合事務所貸与等の便宜供与を行うとすれば、会社は、日産労組ないし自工労組の不信を買うのであつて、会社は、参加人支部に便宜供与をする前に、そのことについて日産労組ないし自工労組を十分に納得させる必要があつた」旨を主張して、右の点についての立証も行つている。しかるに、被告が、原告の右主張・立証を無視したことは、違法である。

5 被告は、命令書において、会社が「日産労組の在り方を高く評価する反面、支部を嫌悪し」と認定している(命令書判断欄 2(判断)(3)記載)。

しかしながら、日産労組ないし組合員が会社の夜勤、残業に全面的に協力しており、この協力なくしては会社が現在のような業績をあげえないことは厳然たる事実である。これに対して、参加人支部ないし組合員は、極めて非協力的であり、日常勤務においても概ね劣り、その差異は顕著である。したがつて、会社が日産労組を高く評価しても、それは理の当然であり、反面、会社が参加人支部を高く評価しえぬことも、自然の成り行きである。

右のように、会社が参加人支部を日産労組と同じく評価しえないことをとらえて、参加人支部に対する「嫌悪」と認定した本件命令には、事実誤認がある。

(被告の判断について)

6 被告は、命令書において、「本来組合事務所や掲示板の貸与は組合の一方的権利として主張しうるものではなく、使用者の同意を得てはじめて認められることはいうまでもないが、企業内に二以上の組合が併存している場合に、その一方に組合事務所・掲示板を貸与しているときは、特別の事情のある場合を除き、両組合を合理的な範囲で平等に扱うことが相当である。」と述べているが(命令書理由判断欄 2(判断)(4)記載)、右は、労働組合法七条三号及び憲法二九条一項の解釈・判断を誤つたものというべきである。

組合事務所・掲示板の貸与は、いわゆる便宜供与に属し、本来不当労働行為を構成するものとして、原則として法の禁止するところであり、労働組合法七条三号但書が例外的に必要最小限の広さの事務所の供与を許容しているにぎぎない。法が事務所の貸与を例外的に許容しているのは、使用者に貸与を義務づけたものではなく、あくまでも貸与するか否かは使用者の自由であり、仮に使用者が組合事務所を貸与してもそれが必要最小限の広さである限り不当労働行為を構成しないとの趣旨である。それゆえ、組合事務所の貸与が行われていなかつた労使関係において、労働組合が新たに組合事務所の貸与方を申入れてきた場合、使用者は貸与するか否かの自由を有しているのであるから、これを拒否しても直ちに不当労働行為にはつながらないのはいうまでもない。使用者が拒否するにもかかわらず、労働組合がどうしても貸与を受けようとするなら、組合としては、積極的に使用者の満足するような反対給付を提供する等して貸与に関する取引成立に努力するほかはない。何となれば、貸与するか否かは使用者の自由であるため、結局労使間の自由な取引にまつほかはないからである。本件のように、一企業内に甲乙両労働組合が併存し、甲組合にのみ組合事務所の貸与が行われているところに新たに乙組合が貸与を求めてきた場合であつても、その理は同じであつて、使用者は、甲組合に対して組合事務所を貸与したからといつて、乙組合にも当然に貸与すべき義務を負担するものではない。既に述べたように、組合事務所は、労使間の自由な取引により、相互に反対給付を提供するというなかで貸与されるものであるから、使用者は、甲組合と取引したのと同様に乙組合とも取引したうえで貸与するか否かを決定する自由を有する。乙組合としては、甲組合が提供したのと同様の反対給付を提供する等して取引の成立に努力しない限り、組合事務所の貸与を拒否されるのも当然であつて、不当労働行為の成立する余地はない。したがつて、乙組合が甲組合と同様の取引上の努力を主張・立証しないかぎり、不当労働行為の成立の余地がないというのが、労働組合法七条三号の正当な法律解釈であつて、本件命令における被告の解釈・判断は誤つている。

そして、本件において、会社は、日産労組が提供したのと同様の反対給付を参加人支部に求め、それと引き換えに組合事務所等の貸与を行うべく取引を進めようとしたにもかかわらず、参加人支部は、これら反対給付の提供を拒否しているのである。

これを具体的に述べると次のとおりである。

(一) 参加人支部は、昭和四一年以来現在に及んでも、執行委員と称する六名をしてストライキを継続せしめ、会社に対して闘争状態にある。他方、日産労組は常時平和状態にある。参加人支部が、組合事務所等の貸与を受けたければ、すすんでかかる長時間の闘争状態を終息させるべきである。

(二) 参加人支部は、日産労組と異なつて、夜勤に全く協力せず、残業についても非協力的である。参加人支部は、その他の日産労組の協力している会社の生産方針ないし経営方針についても、ことごとく非協力的態度をとつている。

(三) 専従問題は、前記(一)の闘争状態の継続と不可分の関係にあり、闘争状態の終息のためには専従問題の解決が必要である。したがつて、組合事務所等の貸与を受けたければ、参加人支部の方で専従問題を積極的に解決するように努力すべきが当然であるのに、参加人支部は、右解決についても極めて消極的なのである。参加人支部の全組合員数に対する執行委員数の比率が、日産労組に比べて極めて高いという不平等は放置して組合事務所等貸与のみは平等扱いせよという被告・参加人らの主張にはとうてい承服できない。

また、使用者は、その所有する財産を自由に処分する権利を憲法二九条一項により保障されているのであつて、国家権力といえどもこれを他人に貸与することを強制しえない。ところが、被告の主張によれば、二組合併存の場合に甲組合に組合事務所を貸与すると使用者は乙組合と取引することもできずに否応なしに乙組合にも事務所を貸与することを強制されるのである。右のとおり、本件命令は、単に労働組合法七条三号の解釈・判断を誤つたのみならず、憲法二九条一項に違反している。

しかも、本件命令は、掲示板も組合事務所と同列に扱つてしまつているが、労働組合法七条三号は掲示板の貸与は例外としても認めていないのであるから、これを同列に扱うことは組合事務所以上に違法性が高いといわねばならない。

(本件命令の主文について)

7 本件命令は、主文において、会社に対し、第一に組合事務所等の貸与を命じ、第二に貸与にあたつて事実上の専従問題につき事前解決を固執してはならないと命じ、第三に組合事務所等の貸与の具体的条件について参加人支部との間で合理的な取決めをすべきことを命じている。しかし、会社は組合事務所等の貸与を拒否しているものではなく、また専従問題についても事前解決を固執していないのであるから、右第一、第二の命令は必要がない。更に、第三の命令は、合理的な取決めといつても、どのようにするのが合理的取決めといえるのか不明であるから、会社としては、どのような取決めをすれば命令に適い、あるいは背くことになるのか全く見当がつかないのであつて、罰則を伴う労働委員会の救済命令としては、あまり抽象的にすぎ、罪刑法定主義の趣旨に反し、違法というべきである。

第三証拠<省略>

理由

一  当事者及び本件命令

参加人日本労働組合総評議会全国金属労働組合(以下「全金」という。)は、全国の金属機械産業の労働者が組織する労働組合であり、参加人日本労働組合総評議会全国金属労働組合東京地方本部(以下「地本」という。)は、東京都内の全金組合員が組織する労働組合である。また、参加人支部は、全金・地本の組合員で会社に雇用される労働者が組織する労働組合であり、その組合員は本件命令の結審当時八六名である(昭和五四年三月現在の組合員数は八二名である。)。

会社は、本件命令の結審当時、肩書地に本社を、荻窪、三鷹、村山のほか横浜市などに工場を置き、乗用車、トラツク等の製造販売を業とする株式会社であり、従業員は約五万四五〇〇名である。なお、会社の従業員約四万八七〇〇名は、参加人支部とは別に、日産労組を組織している。

参加人らは、被告に対し、会社を被申立人として不当労働行為救済の申立をしたところ、被告は、昭和五一年二月三日付で、「被申立人日産自動車株式会社は、申立人日本労働組合総評議会全国金属労働組合東京地方本部プリンス自動車工業支部に対して組合事務所および掲示板を貸与しなければならない。この貸与に当つて、被申立人会社は、その前提として永井博ら6名の職場復帰ないし事業上の専従問題の事前解決を固執してはならず、また、被申立人会社は、この貸与の具体的条件について申立人支部との間で合理的な取決めをしなければならない。」との本件命令を発し、右命令書の写は同月二〇日原告に交付された。

以上の各事実は、いずれも、当事者間に争いがない。

二  不当労働行為の成否

1  本件命令の認定判断及び原告の主張の要点

被告が本件命令を適法であると主張して引用する本件命令の認定判断の要点は、(一)まず、「本来組合事務所や掲示板の貸与は組合の一方的権利として主張しうるものではなく、使用者の同意を得てはじめて認められることはいうまでもないが、企業内に二以上の組合が併存している場合に、その一方に組合事務所・掲示板を貸与しているときは、特別の事情のある場合を除き、両組合を合理的な範囲で平等に扱うことが相当である。」との見解を前提としたうえで、本件につき、(二)「会社は現在荻窪等3工場において日産労組に対して……組合事務所・掲示板を貸与している」が、参加人支部が、「昭和四二年三月以降ようやく行なわれるようになつた団体交渉において、会社に対してあらたに組合事務所の貸与を要求した」ところ、「会社はその前提として<1>永井ら六名の職場復帰ないし事実上の専従問題の円満解決、<2>合併問題に関連した(参加人)支部の誹謗、中傷行動の中止を主張して交渉は進展せず、その後の交渉においても会社はこの二問題の解決が前提であると固執し……その後、賃金増額等の要求に関する団体交渉は行なわれたが、本件についてはほとんどふれられず、当委員会における和解に際して若干の進展をみたが、結局和解は不調に終り、現に支部に対しては組合事務所・掲示板の貸与は行なわれていない。」との事実を認定して、会社は今日に至るまで参加人支部に対しては組合事務所等の貸与を拒否しつづけていると判断し、(三)更に、会社が組合事務所等の貸与につき参加人支部を日産労組と平等に取り扱わない合理的な理由があるかどうかにつき、「会社は、その(参加人支部の)存在すら全く認めないで一方的に永井らの職場復帰を固執したこと……(参加人)支部からの組合事務所等の返還またはあらたな貸与の要求に対して、永井らの職場復帰問題の解決が先であると主張しながらも、この問題解決のため積極的に努力したと認められないことをも総合すれば……(会社の)前記<1>の理由は本件において会社が(参加人)支部の要求を拒否する正当の理由となりうるか疑わし」く、「(参加人)支部と自工労組、ついで日産労組との対立も次第に鎮静化し、(参加人)支部はその後不当な支言を含むビラ配布等をしていないから、会社が(参加人)支部の従前のビラ配布等を不当としてその後も一貫して組合事務所等の貸与について否定的態度をとり続けたことは首肯し難い」ことから、会社の主張する前記<1><2>の理由はいずれも合理的な理由とは認められないとし、(四)会社が前記二点に固執して団体交渉を延引することにより今日に至るまで参加人支部に対する組合事務所等の貸与を拒否しつづけていることは、参加人支部を嫌悪し、少数化した参加人支部の運営に不便と打撃を与えようとしたもので、参加人支部に対する支配介入であり不当労働行為に該当すると判断したものである。

これに対し、右本件命令の要点に即して原告の主張の要点を整理すれば、(一)「一企業内に二以上の組合が併存している場合、その一方に組合事務所・掲示板を貸与しているときであつても、使用者は、他組合にも組合事務所・掲示板を貸与すべき義務を当然に負担するものではなく、一方の組合と取引したのと同様に他組合とも取引したうえで貸与するか否かを決定する自由を有する。」ものであり、本件命令の前提とする見解によれば一方の組合に組合事務所等を貸与したときは他組合にもこれを貸与することを強制されることになり憲法二九条一項に違反すると主張して、本件命令の前提とする見解を争い、本件につき、(二)組合事務所等の貸与に関する会社の態度には時期により変遷があるが、審問終結時においては組合事務所等の貸与を拒否している事実はないとして、この点に関する本件命令の認定判断を争い、(三)次に、「永井らの職場復帰問題の解決に努力しなかつたのは参加人支部の方であつて、会社が非難されるいわれがない」こと及び「参加人支部と日産労組との対立が鎮静化し、参加人支部はその後不当な文言を含むビラ配布等をしていないとの認定については、これを裏付ける何らの証拠も存在しない」こと等を主張して、被告の認定を争い、そして、仮に被告認定の事実が認められるとしても、参加人支部は永井ら六名の専従問題の解決に消極的な態度であり、また参加人支部はビラ等で会社及び日産労組を誹謗・中傷したため両組合間に紛争が起きていたことから参加人支部に組合事務所・掲示板を貸与すれば紛争を激化させるおそれがあつたものであり、また、参加人支部は会社の生産方針に協力しないものであつて会社が参加人支部に組合事務所・掲示板を貸与すれば会社の生産方針に協力している日産労組の不信を買つてその生産方針への協力を失うおそれがあるから、会社が参加人支部に組合事務所等の貸与をしないことには合理的な理由があると主張して、会社が参加人支部に対し組合事務所等の貸与を拒否する合理的な理由がないとする本件命令の判断を争い、(四)更に、会社の生産方針に対する協力について日産労組と参加人支部との差異は顕著であり、会社が日産労組を高く評価し参加人支部を高く評価しえないことは当然であつて、会社が参加人支部を日産労組と同じく評価しないことをとらえて参加人支部に対する「嫌悪」と認定した本件命令は事実誤認であると主張して、会社の行為を支配介入であるとする本件命令の判断を争うものである。

そこで、以下、まず総括的に事実関係について認定したうえで、本件命令の判断に従い争のあるところにつき順次判断することとする。

2  事実関係

命令書事実欄 2 (会社とプリンス自工との合併の前後における労使関係)記載の事実のうち、昭和四〇年五月三一日会社とプリンス自工との合併が発表されたこと、同四一年八月一日会社はプリンス自工を合併し、自工労組は、同日その名称を日産自動車プリンス部門労働組合(以下「部門労組」という。)と改め、同四二年六月八日日産労組と組織統合したこと、及び、参加人支部は会社とプリンス自工との合併の後も立看板の設置や教宣ビラの配布を続けていたが、その中には、「日産ドロボーの皮はがれる」「骨までしやぶる悪質日産」「ドレイ化と戦争の道につながる自動車労連……」「自動車労連加盟に反対、今度こそだまされまい」等の文言があつたこと、同3 (日産労組への組合事務所等の貸与)記載の事実、並びに、同4 (支部への組合事務所等の貸与の拒否)記載の事実のうち「その後の交渉においても会社はこの二問題の解決が前提であると固執した」との部分を除いた事実については、当事者間に争いがない。当事者間に争いのない右各事実に、いずれも成立につき争いのない甲第四、五号証、乙第一号証の一、第三号証の一ないし一〇、一二、一四ないし二〇、二二ないし二四、三一ないし三四、第四号証の一、三ないし三五、三七ないし三九、四四ないし四七、第五号証の一ないし一五、丙第一ないし四号証、第六号証、証人大庫朝吉の証言により成立の認められる甲第一号証、同岡崎宏徳の証言により成立の認められる甲第六号証、前掲乙第五号証の八により成立の認められる乙第三号証の一三、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第三号証の二一、同鈴木孝司の証言により成立の認められる丙第五号証の一、二、いずれも会社が日産労組に貸与している掲示板を撮影した写真であることに争いのない乙第四号証の四二、四三、証人大庫朝吉、同岡崎宏徳、同鈴木孝司(ただし、参加人支部が当初から専従問題の解決を積極的に主張していたとの証言部分は、前掲乙第四号証の四四、丙第五号証の一に照らして、信用できない。)の各証言、及び、弁論の全趣旨を総合すれば、次の各事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(参加人支部と日産労組との関係等について)

(一) 昭和四〇年当時、プリンス自工には、全金・地本の組合員で同社に就労する労働者約七五〇〇名の組織する日本労働組合総評議会全国金属労働組合東京地方本部プリンス自動車工業支部(以下「プリンス自工支部」という。)が存在した。右プリンス自工支部は、執行機関として中央執行委員長以下一一名の中央執行委員により構成される中央執行委員会を、最高決議機関として役員、統制委員長及び大会代議員により構成される大会を、次級決議機関として四五名の中央委員により構成される中央委員会を、それぞれ有し、同社の荻窪、三鷹、村山の三工場に、それぞれ分会を設けて、プリンス自工から、右各工場にそれぞれ一か所ずつの組合事務所の貸与を受け、各工場の、通用門、食堂、組合事務所付近に大型掲示板、各職場内に小型掲示板の、それぞれ貸与を受けていた。

(二) 昭和四〇年五月三一日、会社とプリンス自工との合併が発表された。プリンス自工支部は、「右合併は政府、金融資本、資本家の産業合理化の一環として行われたものであり寡占体制への再編成として仕組まれたものであつて、プリンス自工労働者の利益に反するものである。」との見解を表明した。しかし、日産労組及び右組合の加盟する日本自動車労働組合連合会(以下「自動車労連」という。)は、右合併を「民族産業擁護という国家的見地から業界再編成に先鞭をつけたものであり、会社及びプリンス自工両社の労働者の利益にも合致する。」として積極的に評価していたことから。プリンス自工支部の右のような態度には、強い反発を示した。その後、プリンス自工支部と日産労組・自動車労連の間で何度か折衝が行われたが、プリンス自工支部が合併に対して非協力的な態度を依然として改めなかつたことから、日産労組・自動車労連は、プリンス自工支部に対する不信の念を表明してプリンス自工支部執行委員会の組合運営方針を激しく非難するに至つた。プリンス自工支部内においても、中央執行委員会の右のような運営方針を上部組織である全金・地本の指令に盲従するもので組合員の利益を代表していないと非難して日産労組との提携を主張する組合員が次第に多数となつた。中央執行委員会内部においても。前記のような合併に非協力的な態度を維持しようとする中央執行委員長永井博、中央執行委員大野秀雄、同尾崎春男、同本木光雄、同鈴木孝司、同白川英紀の六名(以下、右六名を総称して「永井ら六名」ということがある。)と他の中央執行委員との間で意見の対立を生じるに至つた。

(三) このような状況のなか、昭和四一年二月二四日、プリンス自工支部中央委員会と称する会合が開催され、右中央委員会の決議をうけて、同月二八日には、代議員三五〇名が出席して臨時大会が開催され、中央執行委員一一名全員(いずれも専従であつた。)を解任し職場に復帰させること及び右解任後中央執行委員の選挙を行うため執行部代行者を置くことを議決し、右代行者として石岡勝喜ら六名を選出した。同年三月二四日、右代行者の下において、中央執行委員選挙及び中央委員その他の補充選挙が行われ、永瀬忠男ほか一〇名を中央執行委員に選出した(右選挙においては、後記「全金プリンス自工支部組織強化確立臨時全員大会」に参加した者のうち一一名が中央執行委員に、四名が中央委員にそれぞれ立候補し、永井ら六名とほかに三名を除いては全員投票している。)。ついで、同年三月三〇日に開催された臨時組合大会において、全金からの脱退及びそれに伴う規約の改正(組合の名称を「プリンス自動車工業労働組合」(自工労組)と変更することを含む。)を議決した。同年四月二日、右二点について組合員全員投票が行われて、過半数の賛成を得た(後記「全金プリンス自工支部組織強化確立臨時全員大会」に参加した者のうち永井ら六名とほかに八名が棄権したほかは全員右投票に参加している。)。同年八月一日、プリンス自工が会社と合併するとともに、自工労組は、その名称を「日産自動車プリンス部門労働組合」(部門労組)と改め、更に、昭和四二年六月八日、日産労組と組織統合した。

(四) プリンス自工支部の中央執行委員のうち永井ら六名は、前記同年二月二四日の中央委員会にはじまる、同月二八日の臨時組合大会、同年三月二四日の役員選挙、同月三〇日の臨時組合大会、同年四月二日の組合員全員投票など一連の手続は、すべてプリンス自工支部の規約に基づかないものであつて、プリンス自工支部とは別個に中央委員を中心とする第二組合が発生し、この第二組合の手続として行われたものとの見解のもとに、同年四月三日、「全金プリンス自工支部組織強化確立準備大会」を開き、更に、同年四月一〇日、一五二名の組合員を召集して「全金プリンス自工支部組織強化確立臨時全員大会」を開催して、「前記一連の手続はすべてプリンス自工支部の適法な機関運営ではなく、第二組合のそれであつて、プリンス自工支部とはかかわりのないものである」ことを確認し、従来のプリンス自工支部と同一性を有する唯一の労働組合であるとの見解の下に、組合の名称としても従来のプリンス自工支部の名称を使用した組合活動を続けた。これが、参加人支部である。

(五) この間、プリンス自工は、同年三月二日、前記同年二月二八日開催の臨時組合大会議長ら名義の文書により、右臨時組合大会において中央執行委員一一名全員を職場復帰させることが決定され執行部代行者として石岡勝喜ら六名を選出した旨の通知を受け、更に、執行部代行者石岡勝喜名義の文書により、前中央執行委員一一名の職場復帰を同年三月一日付で行われたいとの通知を受けた。そこで、プリンス自工は、同月三日、右一一名に対し、職場復帰の件に関し同月五日午前九時にプリンス自工人事部に出頭するように要請した文書を送付した。他方、永井博は、プリンス自工支部中央執行委員長名義の同年三月三日付文書をもつて、前記同年二月二八日開催の臨時組合大会はプリンス自工支部の規約に基づく正規の大会ではなく右大会における決議はすべて無効である旨をプリンス自工に通知した。全金・地本は、永井ら六名に対し、同月四日付文書をもつて、「永井ら六名はプリンス自工の職場復帰の要請を拒否せよ。」と指令し、右指令を受けて、永井は、プリンス自工支部中央執行委員長名義の同日付文書をもつて、プリンス自工に対し、プリンス自工の職場復帰要請は組合の組織運営に対する支配介入であり、全金・地本から永井ら六名に対する前記指令が到達している旨通知した。右六名のうち、永井及び大野の両名は同月五日プリンス自工人事部に出頭して職場復帰を拒否する旨を述べ、残り四名は同日プリンス自工人事部に出頭しなかつた。そこで、プリンス自工は、同日、永井及び大野に対しては口頭で、残り四名に対しては同日付文書をもつて、それぞれ復帰すべき職場を示して同月七日から就業すべき旨を命じた。これに対して、永井ら六名は、同月八日付文書をもつて、プリンス自工に対し、前記同月四日付の全金・地本の指令の存在を通知し、プリンス自工が同年四月八日付文書をもつて六名に対し職場復帰を催告した後も、プリンス自工の職場復帰命令に従わなかつた。

(なお、会社は、昭和四八年五月一一日の団体交渉において、右職場復帰命令は昭和四二年以降その意味を失つたと表明した。)

(六) 同年三月二日、プリンス自工支部執行部代行者とプリンス自工との間で、労使間の諸慣行は従前どおりこれを尊重する旨の確認がなされ、従前からプリンス自工支部がプリンス自工から貸与を受けていた荻窪等三工場における組合事務所・掲示板については、右執行部代行者をプリンス自工支部の規約に基づく正統な執行機関と解する組合員らによつて使用が継続されることになつた。そこで、同日、執行部代行者が正統な執行機関であるとする多数の組合員が、永井ら六名が執務していた組合事務所に押し掛け、永井ら六名の右事務所占有を排除し、組合事務所の使用を始めた。このため、永井ら六名は、三工場の組合事務所における執務が不可能となり、その後、全金・地本の事務所内で執務するようになつた。

(七) 参加人支部は、プリンス自工と会社との合併後も、立看板の設置やビラの配布などの教宣活動を続けていたが、その中には、「日産ドロボーの皮はがれる」「骨までしやぶる悪質日産」「ドレイ化と戦争の道につながる自動車労連……」「自動車労連加盟に反対、今度こそだまされまい」等の文言があつた。これに対しては、会社職制を含む日産労組員や部門労組員からの抗議があつたが、昭和四二年一月から同年二月ごろに至つて、参加人支部組合員と日産労組員や部門労組員との間に、教宣ビラの配布等をめぐる紛争が頻発し、支部組合員が負傷する事件がおこつた。

しかし、後記(一二)の和解において、被告から組合員間の紛争の鎮静化をはかるべき旨の要請があつたことなどから、その後、同種の紛争は発生していない。

(組合事務所等貸与に関する交渉経緯及びその内容等について)

(八) 参加人支部は、昭和四一年四月一一日、プリンス自工に対し、従前プリンス自工支部が要求していた「合併にともなう六項目の要求」のほか、「組合事務所の不法占有排除」及び「中央執行委員六名に対する職場復帰催告」等について、団体交渉を申し入れた。右申入れに対し、プリンス自工は、プリンス自工支部は既に全金脱退により消滅したとして、団体交渉を拒んだ。参加人支部は、その後も団体交渉を申し入れたが、プリンス自工は、これを拒否し続けた。合併後の会社も、プリンス自工と同様、参加人支部の団体交渉申入れを拒んだ。

(九) これに対して、参加人支部らは、被告に不当労働行為の救済を申し立てた。被告は、昭和四一年七月一二日、プリンス自工は、参加人支部が申し入れた「会社との合併にあたつて、(1)既得の労働条件はすべて保障すること (2)人員の整理、退職の勧奨は一切行なわないこと (3)組合活動についての協定あるいは慣行は保障すること (4)合併前ならびに合併後において配置転換あるいは人事異動については事前に申立人らの同意を得ること (5)右記に関連する事項」について、団体交渉に応じなければならない旨命じた(都労委昭和四一年(不)第一八号不当労働行為申立事件)。しかし、会社は、団体交渉に応じなかつた。そこで、参加人支部らは、東京地方裁判所にいわゆる団交応諾の仮処分命令を申請した(昭和四一年(ヨ)第二三〇三号団体交渉応諾仮処分命令申請事件)。同裁判所は、同年九月一七日、会社に団体交渉を命じた仮処分決定をなした。

また、会社は、前記被告の命令につき再審査の申立をなしていた(中労委昭和四一年(不再)第二一号事件)が、中央労働委員会は、同年一一月二六日、再審査申立を棄却した。

ここに至つて、会社は、参加人支部の団体交渉申入れに応ずる態度を示し、昭和四二年一月から参加人支部と予備交渉を始めた。

(一〇) 昭和四二年三月二二日、再開された団体交渉において、参加人支部は、部門労組と同様に、組合事務所及び掲示板を貸与するよう要求した。会社は、永井ら六名に対する職場復帰命令はプリンス自工支部の正規の大会における職場復帰の決定に基づいて発せられたものであるから永井ら六名はこれを拒否する理由はなく、また、参加人支部(当時の組合員数は約一五〇名であつた。)の専従者が六名では多すぎる(部門労組は三五〇名に一名の割合で専従者が認められていた。)から、専従者を職場復帰させるよう求めて、右問題(以下この問題を「六名の専従問題」ということがある。)が解決しないかぎり、組合事務所等の貸与についての交渉に応じる意思のない旨回答した。

(一一) 昭和四二年八月一六日、同年九月二一日及び昭和四三年一月二六日に行われた団体交渉においても、参加人支部は、組合事務所等の貸与を求めた。しかし、会社は、依然、六名の専従問題の解決を要求し、同趣旨の回答をくり返した。参加人支部は、六名の専従問題が、プリンス自工支部の組合財産の承継につき部門労組及び日産労組と係争中の訴訟(東京地方裁判所昭和四一年(ワ)第一〇三五五号、昭和四二年(ワ)第三五九八号、同年(ワ)第三八六一号預金債権確認並びに返還、預金返還各請求事件)と関連することから、六名の専従問題を右訴訟決着までたな上げし、右問題とは別個に組合事務所等の貸与問題を解決するよう促した。しかし、会社は、あくまでも六名の専従問題の解決を抜きにすることはできない旨主張した(ただし、会社が六名の専従問題解決のため具体的な提案をした事実はない。)。

(一二) ところで、昭和四四年三月当時、被告には、参加人支部らが、会社が参加人支部組合員六名に対してなした配置転換が不当労働行為であるとして救済を申し立てた事件(都労委昭和四一年(不)第五一号不当労働行為申立事件)(以下「配転事件」ということがある。)と、会社は時間外勤務を命ずるにあたつて参加人支部組合員を差別しているとして不当労働行為の救済を申し立てた事件(都労委昭和四三年(不)第一二号不当労働行為申立事件)(以下「時間外勤務事件」ということがある。)とが係属していた。同年三月二六日、右事件を担当していた塚本被告会長(当時)が右両事件につき和解を勧告した。右和解の過程で、参加人支部は、組合事務所等の問題も同時に解決することを希望し、他方、会社は、係争中の損害賠償請求事件(東京地方裁判所昭和四三年(ワ)第一九八号事件―参加人支部組合員が、教宣ビラの配布をめぐつて会社敷地内で負傷したことにつき、会社及び部門労組組合員に対して損害賠償を求めた事件)(以下「損害賠償請求事件」ということがある。)についても和解することを求めた。

その結果、組合事務所等貸与の問題は、他の三件とともに、被告における和解の対象とされた。

(一三) 昭和四五年四月五日、塚本会長は、会社に対し、参加人支部へ組合事務所が貸与できるか検討するよう求めた。会社は、同月一一日、塚本会長に対し、組合事務所等の貸与の問題を含めた前記四件が一括解決されるべきことを前提に、参加人支部へ組合事務所等を貸与することを考慮する旨回答した。更に、会社は、同年七月四日、組合事務所等貸与について、「(1)組合事務所については、日産労組との均衡を考慮し、一か所に限り貸与することを配慮する、但し、会社構内に組合事務所は設置しない方針である。 (2)会社と全金・プリンス自工支部との交渉は、今後は頻度が大となり、会社の主たる当事者は荻窪事業所総務部長である点を考慮し、荻窪事業所附近に設置貸与したい。 (3)掲示板は、組合事務所前に適当な大きさのものを設置貸与する。」との和解案を、文書で塚本会長に示すとともに、組合事務所を会社構内に設置しないのは、会社の従来からの既定方針であり、日産労組の事務所も逐次構外に移転していること、組合事務所は可能な限り荻窪事業所に近い位置に貸与したいこと、事務所を一か所に限つたのは、参加人支部の組合員数が一〇〇名にも満たない少人数であることを前提にしたこと、掲示板を組合事務所前としたのは、参加人支部が会社ないし日産労組を誹謗中傷するビラを掲示することが予想され、その結果、両組合員間に紛争が起こるのを懸念したためであることなどを口頭で説明した(なお、組合事務所等に関し具体的な提案がなされたのは、このときが初めてである。)。

これに対し、参加人支部は、各工場に一か所ずつ合計三か所の組合事務所を貸与すること及び掲示板は会社構内に貸与することを求めた。

そこで、同年七月一一日、塚本会長は、会社に対し、組合事務所を荻窪事業所と村山工場との二か所、掲示板を両地区の通用門的な所に貸与できるか否か、改めて検討することを要請した。

同年一二月一二日、会社は、天瀬常務が和解に出席して、塚本会長に対し、六名の専従問題は大きな問題であるが、この和解が進められているので取り上げていないこと、配転事件、時間外勤務事件及び損害賠償事件と一括して和解ができることを前提とするならば、最大限の譲歩として、組合事務所を会社構外に二か所、掲示板も組合事務所の前に各一か所ずつ計二か所貸与する用意がある等の回答をなした。

しかし、時間外勤務事件に関する会社和解案を参加人支部が拒否するなどして、組合事務所等の貸与の問題を含めた四件一括和解は成立しなかつた。

(一四) 参加人支部らは、昭和四六年七月三一日、被告に対し、組合事務所・掲示板の貸与につき不当労働行為救済の申立をなした(本件命令申請事件)。

昭和四七年五月二六日の第三回審問期日において、会社側証人大庫朝吉は、会社としては、会社事務所を構外に一か所、掲示板を組合事務所近辺及び構内の日産労組組合員との紛争を起こさないような適当な場所に各一か所合計二か所貸与することを考慮しているが、右貸与に先だつて六人の専従問題が解決されるべきものと考えている旨証言した。

昭和四九年七月二五日、本件命令申請事件を担当することになつた塚本会長は、和解を勧告した。

会社は、同年一〇月一六日、塚本会長に対し、和解案として、専従問題との同時解決を条件として、組合事務所については、地続きの構外で、荻窪地区若しくは村山地区の会社の指定する場所一か所(敷地約一五坪)に、鉄骨スレート平家建約七坪を貸与し、掲示板については、組合事務所敷地内及び組合事務所のない事業所で会社の指定する場所に各一枚合計二枚を貸与する旨提案した。

しかし、荻窪、三鷹、村山の三工場に組合事務所を貸与するよう求めていた参加人支部は、会社の右提案を拒否し、右和解も、結局、不調に終わつた。

(一五) 以上のような和解が行われている間にも、参加人支部は、会社に対し、再三組合事務所等の貸与問題について、団体交渉をするよう申し入れた。しかし、会社は、被告において和解が進行中であることを理由に、右申入れを拒否し、組合事務所等の貸与に関する団体交渉を本件命令時まで行つていない。

(会社の労働組合への事務所等の貸与の有無及びその影響について)

(一六) 自工労組ないし部門労組は、前述のとおり((六)記載)、昭和四一年三月以降、従前プリンス自工支部がプリンス自工から貸与を受けていた荻窪等三工場における組合事務所・掲示板の使用を継続し、部門労組と日産労組の組織統合の後は、日産労組が会社からこれを借り受けて使用を継続している。

(一七) すなわち、組合事務所は、三工場ともに各一か所ずつ日産労組に貸与されている。荻窪、村山各工場では、会社敷地の一画を塀で仕切つた部分に建てられた建物が什器備品も併せて貸与されており(荻窪工場については、従前は会社敷地内に組合事務所があつたものを昭和四八年一〇月下旬に前記の場所に移転したものである。)、三鷹工場については、組合専従者の常駐がないため、倉庫の一画(六三・三平方米)が連絡用事務所として貸与されている。

(一八) 掲示板については、三工場を通じて各職場毎にそれぞれ職場の実情に応じた大きさの掲示板が貸与されており、その他通用門、食堂、組合事務所近辺に縦一・五ないし一・九五米、横二・七ないし五・〇米の大型掲示板が設置され貸与されている。これらの概数は後記表(一)記載のとおりである。

(一九) なお、これら三工場における昭和四八年二月一五日現在の日産労組員、参加人支部組合員の人数は、後記表(二)記載のとおりである(ただし、本件命令結審時及び昭和五四年三月現在の参加人支部組合員の人数は、一(当事者及び本件命令)に記載したとおりである。)。

(二〇) 他方、参加人支部は、組合事務所及び掲示板が貸与されないため、会議を開く場所や組合員同士の連絡場所を欠き、組合が存在することを示す教宣活動も十分できないなど、組合活動に大きな支障を受けている。

表(一)

工場別

大型掲示板

小型掲示板

荻窪

四四

村山

一一九

三鷹

一二

表(二)

工場別

日産労組員

参加人支部組合員

荻窪

一六七七名

二三名

村山

六五〇八

五九

三鷹

四一〇

八五九五

九〇

(本社一名を含む)

3  組合の併存と組合事務所等の貸与

(一)  組合事務所や掲示板の貸与は、いわゆる便宜供与に該当すると解されるから、当然には、労働組合が使用者に対して組合事務所等の貸与を請求し得る権利を有しているものではなく、また使用者がその義務を負担しているものでもない。したがつて、本来、組合からの組合事務所等の貸与の申入れに対し使用者が組合事務所等の貸与をするかどうかはその自由に任されているところであり、また、その貸与にあたり一定の条件を提示することも、右条件提示が違法であるとかあるいは著しく合理性を欠く等の特段の事由のないかぎり、自由な取引活動として是認されるところである。

しかしながら、同一企業内に自主性をもつ複数の労働組合が併存する場合には、労働組合法七条が不利益な取扱いを禁止し組合活動に支配介入することなどを禁止している趣旨に照らし、使用者は、各組合に対して中立的な態度を保持し両組合を平等に取り扱うべきことが要求されていると解されるから、使用者としては、一方組合をより好ましいものとしてその組織の強化を助けたり、他の組合の弱体化を図るような行為をすることは許されず、その限りで前述の取引の自由も制約を受けるものといわなければならない。したがつて、使用者が一方組合に対して組合活動の本拠である組合事務所・組合の情宣活動の重要な手段である掲示板を貸与しておきながら、他方組合の組合事務所・掲示板貸与の要求について、これを拒否し(無条件で拒否する場合だけでなく、他組合と異なる条件を提示してそれを受け入れない限り貸与しないとして拒否する場合を含む。)、組合事務所等を貸与しない場合には、組合事務所等の貸与につき両組合に対する取扱いを異にする特段の合理的理由が存在しないかぎり、他方組合の弱体化を図ろうとするものとして不当労働行為に該当すると解するのが相当である。

そして、右特段の合理的理由の有無については、当該事由と組合事務所等の貸与との関連性、組合事務所等が一方組合へ貸与され、他方組合に貸与されなかつた経緯、それをめぐつての使用者と労働組合との交渉内容及び態様、一方の組合に対する貸与の条件、組合事務所等の貸与の拒否の当該企業ないし職場における労使関係上有する意味、これが労働組合活動に及ぼす影響、使用者の有する企業施設及び資力、併存する組合の力関係等諸般の事情に照らして、両組合に対する平等取扱いの観点から、判断しなければならない。

なお、原告は、組合併存の場合に、一方組合に組合事務所を貸与すると、使用者は他方の組合と取引することができず、組合事務所を貸与することを強制されるのは、憲法二九条一項に違反する、と主張している。しかし、憲法二九条一項は財産権を絶対的に保障したものではなく、財産権も公共の福祉による制限を受けるものであり、取引の自由についても、同様の見地から種々の法的制約を受けるものであつて、不当労働行為制度も右法的制約の一つと解される。したがつて、使用者の一定の行為が、取引自由の範囲を超え労働者の団結権及び団体行動権を侵害する不当労働行為に該当すると認められる場合には、使用者の財産権に対し一定の制限が加えられる結果になつても、その制約が財産権そのものの保障を否定しない限り、憲法二九条一項に違反することにはならないと解すべきである。そして、前記見解は、財産権そのものの保障までを否定するものではないから、原告の右主張は理由がない。

4  本件についての検討

そこで、前記3の見解に従い前記2で認定した事実に基づいて、本件について検討する。

(一)  参加人支部に対する組合事務所等の貸与の拒否

まず、前記認定の事実によれば、会社は日産労組に対しては前記2(一七)(一八)記載のように組合事務所・掲示板を貸与している。

これに対し、前記認定事実(2(八)ないし(一五))によれば、(1)昭和四二年三月二二日に団体交渉が再開されるまで、会社は参加人支部の存在自体を否定し、参加人支部から「組合事務所の不法占有排除」の申入れがあつても団体交渉に応じていないのであり、(2)また、昭和四二年三月二二日に団体交渉が再開されてからは、会社は、参加人支部からの組合事務所等の貸与の申入れに対して、一貫して、六名の専従問題を含めた労使間の基本的事項について両者の合意を成立させることが先決であり、これを抜きにして組合事務所等の貸与についての具体的交渉に入れないと回答し(もつとも、昭和四四年三月以降被告において行われた二度にわたる和解において、会社は、組合事務所等の貸与について初めて一定の提案を行つているが、第一回の和解における会社の提案は配転問題等を含めた四件を一括して和解することを前提に行われたものであり、第二回目の和解における会社提案では専従問題を同時に解決することを求めたものであつて、いずれも被告における和解による解決を前提とした提案でありしかも和解の席上被告会長に対してされたものであるから、これらの提案は、和解が不調になるとともに撤回されたものと認めるべきである。なお、この和解の間においても、参加人支部が組合事務所等の貸与について具体的な交渉を行うように再三申し入れたのに対し、会社は、和解が継続中であることを理由にこれに応じなかつたものである。)、結局、本件審問終結時まで参加人支部に対しては組合事務所等を貸与していないのである。これらの事実によれば、会社は、少なくとも昭和四二年三月二二日の団体交渉再開後、参加人支部の組合事務所等の貸与の要求を拒否し続けているものというべきである。

したがつて、会社は、組合事務所等の貸与について参加人支部に対し日産労組と異なる取扱いをしているものといわなければならない。

(二)  参加人支部に対する異なる取扱いの合理性

そこで、会社が組合事務所等の貸与につき参加人支部に対し日産労組と異なる取扱いをする特段の合理的理由があるかどうかについて検討する。

(1) まず、原告は、六名の専従問題が未解決でありまた参加人支部はその解決に消極的な態度をとつているから組合事務所等を貸与しない合理的理由がある、と主張する。

六名の専従問題は、その事柄の性質上その解決がなければ組合事務所等の貸与を実現することができないというようなもの(たとえば、組合事務所として貸与することができる建物を第三者が占有しておりその立退がなければその貸与ができないというような場合)ではなく、また、前記2で認定した事実によれば、会社が日産労組に対し荻窪等三工場における組合事務所等を貸与するに至つた経緯は、従前プリンス自工がプリンス自工支部に貸与していた組合事務所等の使用を自工労組が事実上引き継ぎ、更にこれを日産労組が引き継いだのを、プリンス自工ないし会社において承認したというものであつて、組合事務所等の貸与の交渉に際し殊更条件が付されたり又はなんらかの前提となる取引が行われたものとは認められないところであるから、両組合に対する平等取扱いの観点から、会社としては、右問題を組合事務所等の貸与の取扱いについて日産労組と参加人支部とを差別する合理的理由とすることはできないものというべきである(もちろん、六名の専従問題は解決されるべき重要な問題であるが、会社内に日産労組と参加人支部の二組合が併存し、右のような経緯のもとで日産労組に組合事務所等が貸与されている本件の事情のもとでは、右問題の解決は、組合事務所等の貸与と切り離し別途解決されるべきものである。)。

(2) 次に、会社は、参加人支部がビラ等で会社や日産労組を誹謗・中傷したため、両組合員間に紛争が起きていたことから、参加人支部に組合事務所・掲示板の貸与を行えば、かえつて両組合員間の紛争を増加ないし激化させるおそれがあるから組合事務所等を貸与しない合理的理由がある旨主張している。

しかしながら、少なくとも、審問終結時において、右のような紛争の増加ないし激化のおそれを認めさせるに足る証拠はないから、右のようなおそれのあることをもつて参加人支部に対して組合事務所等が本件命令時においても貸与されていないことの合理的理由にすることはできない(そもそも、右のような理由による紛争の増加ないし激化のおそれがある場合には、会社は、参加人支部及び日産労組に対し、組合事務所・掲示板等の利用について会社の有する施設管理権を行使する等して、右紛争回避のための措置を要求すべきものであり、紛争の増加ないし激化のおそれが一般に予想されること自体をもつて、一方の組合に対してだけ組合事務所等の貸与を拒否することはできないものと解すべきである。)。

(3) また、会社は、生産に非協力的な態度をとつている参加人支部に組合事務所等を貸与すれば、協力的態度をとつている日産労組ないし自工労組の不信を買うことになるからその貸与を拒否する合理的理由がある旨主張している。

しかしながら、生産についての組合の協力はその性質上それを求めなければ組合事務所等の貸与の実現が困難であるようなものではなく、また、日産労組に対する組合事務所等の貸与の経緯は前述のようなものであつて同労組の生産への協力が同労組への組合事務所等の貸与の前提条件とされたものではないと認められるから、参加人支部が生産に協力しないことをもつて参加人支部について組合事務所等の貸与を差別する合理的理由とはすることができないものというべきである。

また、組合が併存する場合、一方の組合に組合事務所等を貸与しておれば、原則として他方の組合にも組合事務所等を貸与しなければならないことになるのは、前示のとおりであるから、日産労組ないし自工労組が参加人支部への組合事務所等貸与に反対するからというだけで、参加人支部へ組合事務所等を貸与しないことに合理的理由があることになるものとは到底解しえない。日産労組ないし自工労組の不信については、会社において日産労組との間での労使交渉を通じてその解消に努力すべきものであるが、それが是非とも参加人支部に対する組合事務所の貸与前に解決されなければならないものとは解されない。一方組合の不信を買うから他方組合へ組合事務所等を貸与できないということは、まさに一方組合をより好ましいものとして、他方組合を不利益に取り扱つているものといわざるをえない。

(4) 他に前記認定の事実から日産労組と差別して参加人支部に対し組合事務所等の貸与を拒否することが合理的であると認めるに足る事由は見あたらず、他にその事由を認めるに足る証拠もない。

(三)  以上検討したところによれば、会社は日産労組に対して組合事務所・掲示板を貸与しながら参加人支部にはこれを貸与せず、しかも、その異なる取扱いについて合理的理由が存在するものとは認められないから、会社が参加人支部に対して組合事務所及び掲示板を貸与しないことは、参加人支部を不当に差別して取り扱い、参加人支部の弱体化を図つた支配介入行為と認めるのが相当であり、労働組合法七条三号所定の不当労働行為に該当するものと認められる。

したがつて、この点に関する本件命令の判断は適法である。

三  救済命令の適法性

労働委員会は、使用者に労働組合法七条違反の行為があると認められる場合にいかなる内容の是正措置を命ずるかについて、広汎な裁量権を有していると解される。

1  主文第一項について

前記認定のとおり、原告には、組合事務所等の貸与を拒否することによつて、参加人支部の弱体化を図つた支配介入行為が存在すると認められるのであるから、これを是正するため、組合事務所及び掲示板の貸与を命ずる必要性のあることは明らかであつて、主文第一項に関し労働委員会の有する右裁量権の行使が、是認される範囲を超え、又は著しく不合理であつて濫用にわたると認めることはできず、右主文は適法である。

2  主文第二項について

前記二2で認定の組合事務所等貸与に関する交渉経緯によれば、会社は組合事務所等の貸与にあたつて六名の専従問題に固執していたものと認めるのが相当である。もつとも、第一回の和解の際に会社が専従問題にこだわるものでないことを表明した事実のあることは認められるところであるが、その後、本件命令申請事件の審問期日において会社側大庫証人は再び組合事務所等の貸与に先だつて専従問題が解決されるべきものである旨を述べ、また、第二回の和解の際には専従問題の同時解決を条件としていたのであつて、少なくとも、審問終結当時には、会社は将来においても再び六名の専従問題に固執するおそれが多分にあつたものと認めるのが相当である。したがつて、被告が予めこれを禁止する不作為命令を発することは、前記労働委員会の有する裁量権に照らし、その範囲をこえ又はその濫用があつたものと認めることはできない。

3  主文第三項について

被告は、会社に対して貸与の具体的条件について参加人支部との間で合理的な取決めをするよう命じているところ、会社は、合理的な取決めといつても、どのようにするのが合理的取決めといえるのか全く不明であり、罰則を伴う労働委員会の救済命令としては、あまりに抽象的にすぎ、違法である旨主張している。

ところで、救済命令の違反については一定の罰則が適用されるのである(労働組合法二八条、三二条)から、救済命令の内容が名宛人において命ぜられた事項は具体的に知り得ない程度に抽象的である場合には、右救済命令は、その履行が不能あるいは著しく困難であるから、違法と解さざるをえない。しかし、救済命令の内容が右の意味において抽象的か否かは、単に救済命令の主文の記載のみによつて判断すべきものではなく、理由中の記載をもあわせて合理的に判断すべきものである。

これを本件についてみるに、本件命令の理由「第三 法律上の根拠」欄には「組合事務所・掲示板の貸与に当つては、その場所・広さ・個数・型状・利用の条件など、その労使の実情に即して決せられるのが望ましく、本件においては、村山・荻窪工場の地続きの構内に一か所ずつ、掲示板については、少なくとも村山工場に二か所・荻窪・三鷹工場にそれぞれ一か所を設置し、貸与することが相当」と記載されており、右記載と本件命令の主文とをあわせて判断すれば、合理的な取決めの内容が会社において具体的に知り得ない程度に抽象的であるとは認められず、会社の前記主張は理由がない。

四  結論

以上のとおり、被告委員会の発した本件命令は適法というべきであり、これを取り消すべき事由は存しない。

よつて、本件命令の取消しを求める原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九四条後段を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 越山安久 小林正明 三村量一)

(別紙)

命令書

(東京地労委昭和四六年(不)第五六号 昭和五一年二日三日 命令)

申立人 日本労働組合総評議会全国金属労働組合 外二名

被申立人 日産自動車株式会社

主文

被申立人日産自動車株式会社は、申立人日本労働組合総評議会全国金属労働組合東京地方本部プリンス自動車工業支部に対して組合事務所および掲示板を貸与しなければならない。この貸与に当つて、被申立人会社は、その前提として永井博ら六名の職場復帰ないし事実上の専従問題の事前解決を固執してはならず、また、被申立人会社は、この貸与の具体的条件について申立人支部との間で合理的な取決めをしなければならない。

理由

第一認定した事実

1 当事者等

(1) 申立人日本労働組合総評議会全国金属労働組合(以下「全金」という。)は、全国の金属機械産業の労働者が組織する労働組合であり、申立人日本労働組合総評議会全国金属労働組合東京地方本部(以下「地本」という。)は、東京都内の全金組合員が組織する労働組合である。また申立人日本労働組合総評議会全国金属労働組合東京地方本部プリンス自動車工業支部(以下「支部」という。)は、全金・地本の組合員でもとプリンス自動車工業株式会社(以下「プリンス自工」という。)に雇用されていた労働者が組織する労働組合であつたが、プリンス自工が被申立人会社に合併されたことに伴ない同組合員は、被申立人会社に雇用されるようになつたもので、その組合員は現在八六名である。

(2) 被申立人日産自動車株式会社(以下「会社」という。)は、肩書地に本社を、荻窪、三鷹、村山のほか横浜などに工場を置き、乗用車、トラツク等の製造販売を業とする株式会社であり、従業員は約五四、五〇〇名である。

(3) なお、被申立人会社の従業員約四八、七〇〇名は、別に申立外全日産自動車労働組合(以下「日産労組」という。)を組織している。

2 会社とプリンス自工との合併の前後における労使関係

(1) 支部は、前記のとおり当初プリンス自工に就労する組合員約七、五〇〇名で組織されており、同社の荻窪・三鷹・村山の三工場にそれぞれ一か所ずつの組合事務所の貸与を受け、そのほか各工場の通用門、食堂、組合事務所付近に大型の、各職場内に小型の掲示板の貸与を受けていた。

(2) 昭和四〇年五月三一日、会社とプリンス自工との合併が発表された直後から、支部においては、この合併の賛否をめぐつて意見が対立し、支部は同年一〇月この合併には労働者の利益からみて疑問があるとしたけれども、他方この合併に賛成し日産労組との提携を主張する支部組合員(以下「日産派」という。)も次第に多数となつた。こうして日産派は、四一年二月二八日支部臨時大会で執行委員全員(永井博ら一一名、いずれも専従)の職場復帰を決めたとして三月二日プリンス自工にこの旨を通知し、これを受けたプリンス自工は翌三日前記一一名に対し職場復帰を命じた。しかし支部は、同日付文書でこの二月二八日の支部臨時大会は支部の正規の大会ではなく、したがつて同大会の決議なるものはすべて無効である旨、さらに翌四日付文書で会社の行為はむしろ組合の組織に対する介入であると反論し、執行委員(永井博ら六名。但し一一名のうち日産派に属する執行委員五名は職場復帰。)の職場復帰を拒否した。

(3) 三月二日、日産派は、プリンス自工から労使の諸慣行は従前通りとするとの確認を得、これを機に荻窪等三工場で支部が以前から使用していた組合事務所・掲示板の使用を始めた。特に荻窪工場では多数の者が組合事務所におしかけ、居合わせた支部執行委員を実力で同所から追い出したため、支部は組合事務所での執務が不可能となり全金の事務所内で執務するようになつた。

(4) 四月二日、日産派は、支部組合員の投票で全金脱退を決め、同時に名称をプリンス自動車工業労働組合(以下「自工労組」という。)と決めた。他方、全金脱退に反対する支部組合員らは、四月三日、一〇日と支部存続確認の大会を開き、翌一一日全金、地本、支部連名でプリンス自工に対し「合併に伴う六項目の要求」のほか「組合事務所の不法占有排除」について団体交渉の申し入れを行なつたが、プリンス自工は、支部は消滅したとしてこれを拒否した。更に同月二三日支部は組合員名簿を提出し、再度団体交渉を申し入れたが会社は同様の理由でこれも拒否した。

(5) 同年八月一日会社は、プリンス自工を正式に合併し、同日自工労組はその名称を日産自動車プリンス部門労働組合(以下「部門労組」という。)と改めた。(その後、同労組は四二年六月八日日産労組と合併した。)

(6) 他方、支部は、会社合併後も立看板や教宣ビラの配布を続けていたが、その中には「日産ドロボーの皮はがれる」、「骨までしやぶる悪質日産」、「ドレイ化と戦争の道につながる自動車労連………」、「自動車労連加盟に反対、今度こそだまされまい」等の文言があつた。そしてこれに対して会社職制を含む日産労組員や部門労組員は激しく抗議してきたが、特に、四二年一~二月頃には、支部組合員と日産労組員や部門労組員との間に教宣ビラの配布等をめぐつて紛争が絶えず、支部組合員の負傷する事件が頻発した。

3 日産労組への組合事務所等の貸与

会社は現在荻窪等三工場において日産労組に対してつぎのとおり組合事務所・掲示板を貸与している。

(1) 組合事務所は三工場ともに各一か所ずつで、荻窪・村山工場では会社敷地の一画を塀で仕切つた部分に建つている建物を什器備品も併せ貸与しており、三鷹工場については、組合専従者の常駐がないため連絡用として倉庫の一画(六三・三m2)を事務所として貸与している。

(2) 掲示板は三工場を通じて各職場毎にそれぞれ職場の実情に応じた大きさの掲示板を貸与しており、その他通用門、食堂、組合事務所近辺に縦一・五~一・九五メートル、横二・七~五・〇メートルの大型掲示板を設置し貸与している。これらの概数は下記のとおりである。

工場別

大型掲示板

小型掲示板

荻窪

四四

村山

一一九

三鷹

一二

(3) なお、これら三工場における四八年二月一五日現在の日産労組員、支部組合員の人数はつぎのとおりである。(但し、支部組合員の現在数はさきに1の(1)において認定したとおりである。)

工場別

日産労組員

支部組合員

荻窪

一、六七七名

二三名

村山

六、五〇八

五九

三鷹

四一〇

八、五九五

九〇

(本社一を含む)

4 支部への組合事務所等の貸与の拒否

(1) 支部は、四二年三月以降ようやく行なわれるようになつた団体交渉において、会社に対してあらたに組合事務所等の貸与を要求したが、会社はその前提として<1>永井ら六名の職場復帰ないし事実上の専従問題の円満解決、<2>合併問題に関連した支部の誹謗、中傷行動の中止を主張して交渉は進展せず、その後の交渉においても会社はこの二問題の解決が前提であると固執した。

(2) その後、賃金増額等の要求に関する団体交渉は行なわれたが、本件についてはほとんどふれられず、当委員会における和解に際して若干の進展をみたが、結局和解は不調に終り、現に支部に対しては組合事務所・掲示板の貸与は行なわれていない。

第二判断

1 当事者の主張

(1) 申立人らは、会社は組合事務所・掲示板の貸与について日産労組と差別して支部を不利益に取扱い支部の運営に支配介入しているとして、その排除とポスト・ノーテイスを求めた。

(2) これに対し被申立人は、支部に対し組合事務所・掲示板を貸与していないが、これは、<1>永井ら六名の職場復帰ないし事実上の専従問題が円満解決していないこと、<2>支部がビラ等で会社や日産労組等を誹謗・中傷したため両組合員間に紛争が起つていたことから、支部に便宜供与を行なえば、かえつて両組合員間の紛争を増加ないし激化させるおそれがあつたためであると主張する。

2 判断

(1) 永井ら六名の事実上の専従が継続していることは労使間で一つのしこりを残すものであるから、会社が組合事務所の貸与などを決する前に、この問題を解決する必要があると考えたことは無理からぬところである。そして同人らの職場復帰の問題は、昭和四一年二月二八日の臨時大会の決議に端を発したものであるが、支部は同年三月三日付文書で、会社に対し二月二八日の臨時大会自体は成立せず、その決議は無効であると通告していること、少なくとも支部が組合員名簿を提出した同年四月二三日以降も会社は支部に対して何等の問い合わせもせず、その存在すら全く認めないで、一方的に永井らの職場復帰を固執したこと、支部はこのような会社の態度は組合の組織問題に対する介入であるとして強く反発したこと等が認められる。しかも会社は支部からの組合事務所等の返還またはあらたな貸与の要求に対して、永井らの職場復帰問題の解決が先であると主張しながらも、この問題解決のため積極的に努力したと認められないことをも総合すれば、もともと被申立人の前記<1>の理由は本件において会社が支部の要求を拒否する正当の理由となりうるか疑わしい。

(2) 前段認定のように支部の配布したビラ等の文言はその配布当時分裂した両組合が互いにその正統性をめぐつて激しく対立しており、しかもいわゆる暴力事件が多発していたこと、会社が組合分裂以降支部の存在を否定し、団体交渉にも応じなかつたこと等の状況に徴しても、穏当を欠く点があつたといわざるを得ない。しかし、支部と自工労組、ついで日産労組との対立も次第に鎮静化し、支部はその後不当な文言を含むビラ配布等をしていないから、会社が支部の従前のビラ配布等を不当としてその後も一貫して組合事務所等の貸与について否定的態度をとり続けたことは首肯し難い。

(3) 以上を総合すれば、会社の主張はいずれも合理的な理由とは認められず、会社が今日に至るまで支部に対する組合事務所等の貸与を拒否しつづけていることは、日産労組の在り方を高く評価する反面、支部を嫌悪し、ことさら支部の存在を否定したり、前記二点を固執して団体交渉を延引することにより、少数化した支部の運営に不便と打撃を与えようとしたものと判断せざるを得ない。

(4) もつとも、本来組合事務所や掲示板の貸与は組合の一方的権利として主張しうるものではなく、使用者の同意を得てはじめて認められることはいうまでもないが、企業内に二以上の組合が併存している場合に、その一方に組合事務所・掲示板を貸与しているときは、特別の事情のある場合を除き、両組合を合理的な範囲で平等に扱うことが相当である。

第三法律上の根拠

以上の次第であるから、会社の行為は、労働組合法第七条第三号に該当するが、組合事務所・掲示板の貸与に当つては、その場所・広さ・個数・型状・利用の条件など、その労使の実情に即して決せられるのが望ましく、本件においては主文のとおり命令することとしたが、組合事務所については、村山・荻窪工場の地続きの構内に一か所ずつ、掲示板については、少なくとも村山工場に二か所・荻窪・三鷹工場にそれぞれ一か所を設置し、貸与することが相当であり、なお、申立人らは、いわゆるポスト・ノーテイスをも求めているが、本件の救済としては主文の程度をもつて足りると判断する。

よつて労働組合法第二七条および労働委員会規則第四三条を適用して、主文のとおり命令する。

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